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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1383号 判決

被告人

藤吉政市

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人大導寺慶三の控訴趣意第一点について。

(イ)  被告人に対する起訴状記載の公訴事実は要するに「被告人は昭和二十四年四月十九日頃岐阜市鶴舞町栗本一松方において、同人に対し同人方にあつたゴム輪心棒付(荷車用)を他に売却方を世話してやるからと嘘言を申向け、同人をしてその旨誤信させて同人から右物品(時価約一万円相当の)交付を受けてこれを騙取した」というのであるところ、原審において検察官より昭和二十五年五月十五日附訴因並罰條の変更請求書を提出し、所論の如く同月二十六日の第三回公判期日に原裁判所は検察官の該書面に基く請求を許したこと、右変更請求書によれば左記第一でなければ第二とするとして第一に右起訴状記載と同一の事実を掲げ第二に「被告人は昭和二十四年四月十九日頃右栗本一松から同人所有のゴム輪両輪心棒付(荷車用)(時価約金一万円相当)の売却方依頼を受けて保管中同日頃擅にこれを岐阜市徹明町七丁目六番地武井伝三郎方において同人に対し金八百円にて入質して横領した」(原判示と同旨)と掲記してあることは記録上明らかである。かくて右訴因並罰條の変更請求書に第一として起訴状記載と同一の事実を掲記されてあることは所論の通りであるが、右は検察官が該請求書において起訴状記載の訴因(詐欺)の外に右第二の訴因(横領)を予備的に追加し、右両者訴因の関係を明らかにするがために改めて記載したに過ぎないものというべく、これをもつて同一事件について二重の起訴がなされたとする所論は全くいわれなき謬論というの外はない。而して右請求書による訴因並罰條の追加変更の請求は前記本件公訴事実の同一性を害しない限度においてなされたものであるから、原裁判所が該請求を許容して審理判決をしたのは正当であつて、同判決には何等所論の如き違法の点はなく、論旨は理由がない。

同第二点について

(ロ)  本件については原審において、被告人は第一回公判以来起訴状記載の詐欺の事実を否認し、同記載の本件車輪心棒付は詐欺したものではなく、その売却方依頼を受けて保管中一時他にこれを担保に供して八千円を借受けたものである旨弁解して来たこと、然るにそのまま所論の如く審理を進め同第二回公判において一旦弁論を終結した後検察官より前既述の訴因並罰條の変更請求書を提出したので、原裁判所は昭和二十五年五月二十六日の言渡期日に弁論を再開し、同公判(第三回)において右検察官の請求を許し、更に審理の上同公判期日に結審し改めて期日を定めて判決を言渡したのであることは記録上明らかであるが、右のような訴訟審理の経過において検察官の右請求がなされたからとて、これをもつて直ちに刑事訴訟規則第一條に違反して訴訟上の権利を不当に行使し、これを濫用したものというべきではなく、殊に右請求は実質的に被告人に不利益を生ぜしめないものであることは前敍説により明らかというべきである。又右変更手続についても右原審第三回公判調書によれば、原裁判所において検察官より右変更請求書の提出されたことを被告人側に告げて該請求につきその意見を求め、なお同検察官より右請求書の膽本を在廷の被告人に交付し且つ朗読しており、かくて原裁判所は検察官の該請求を許したのであることを認めるに足りるので、右訴因並罰條の追加変更の手続に不当違法の廉があるとはいえない。而して本件記録上並に事案に照し右訴因並罰條の追加変更により被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虜があつたものとは認められないところであり、又現に右原審第三回公判調書によれば同公判において被告人又は弁護人からその防禦の準備についての請求をしたとか若くは同期日における弁論の終結に異議を述べたとかいうような形跡は毫も認められないのである。

以上の如くであるから右検察官の請求並に原審のこれに対する措置その他の審理手続について何等所論の如き違法あるものとは到底認めるに足らず、論旨は理由がない。

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